魏国の文王と扁鵲(へんじゃく)

春秋時代末期の中国に扁鵲(へんじゃく)という医者がいました。

統一前の中国国内を移動しながら、様々な病気を治した名医で、
史記」や「韓非子」にも記述があるそうです。
その扁鵲には同じく医者をしている兄が二人いることを聞きつけた魏国の文王が、
ある日、扁鵲と以下のような会話を交わしました。
 
文王は、「そなたの兄弟は3人とも医学を学んでると聞いたが、誰が一番優れてた医術を持っているのか」と尋ねました
扁鵲は「長男の医術が最高で、次男が2番目で、私が最低」と答えました
 
文王は驚いて聞きました
「あなただけが世に名を馳せているが なぜあなたの二人の兄は有名ではないのか」
 
扁鵲は
「長男の医術の高さは病気を未然に防ぐことが出来る、人の病気が起きる前に彼は人の顔色を見て病気を見抜き、薬でそれを治してしう、だからみんなは彼が病気を治せないと思っているので、長男は有名にならない、
次男の能力は病気が始まった時に、人が大病になるのを防ぎ病人が風邪を引いて咳をする時に、彼は薬を使って人を治したので、次男の名声は田舎にとどまり、小さい病気を治す医者と思われている
私は医術が一番良くないので、その人の病気がひどくなって瀕死の状態になってから
強力な薬剤を投与してその人を生き返らせる、そして世間の人々は{私は奇跡の医者だ}
と思わせるのだ
 
考えてみてください
ー長男のように病気を治療すれば、その人の元気は少しも傷つかない
ー次男が病気治療するとその人の元気が少し傷ついたがすぐに修復される
ー私のように、病気を治療すれば命は助かるが大いに元気を損なう
どの医者が一番上手だと思いますか?
 

元々この扁鵲という人

旅館で働いていたのですが、その常連客の中に仙人がいて、その仙人から物を透けてみることができる力(千里眼)を授かったといわれています。

しかし活躍したといわれる範囲が広く、また年代も長いため、一人ではなかったのではないかとか、扁鵲の後を継ぐ医者も含めその一派のことを扁鵲といった などという説もあります。